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ふるさと相生再発見

ふるさとを再発見する空間と時間の旅新着情報

 
 

 十年前から相生で週末をすごすようになりました。1960年代、世界一の造船都市といわれた頃に旭小学校・双葉中学校で学んだ懐かしい町です。それから、気のむくままに、相生市内を歩きまわり、多くの人たちと出会っているうちに、相生という町が理解できるようになってきました。ふるさとで生まれて育って暮らすことと、ふるさとを理解することとはイコールではありません。

 子どもの頃に見た光景・聞いた音・あれは何だっんたのだろうという素朴な疑問から出発し、播磨造船所・矢野荘と歴史をたどっていくうちに、相生という町のルーツが中世矢野荘にあることがわかってきました。

  業ヲ子孫ニ譲リテ 世ヲ背キ     ぎょうをしそんにゆずりて、よをそむき
  空舟ニ乗リ 西海ニ浮カビ給イシガ  うつほぶねにのり、さいかいにうかびたまいしが
  播磨ノ国 南波尺師ノ浦ニ寄ル    はりまのくに、なはしゃくしのうらによる
  蜑人 舟ヲ上ゲテ見ルニ       あまひと、ふねをあげてみるに
  化シテ 神トナリ給フ        けして、かみとなりたまふ

 私が小学校6年生であった1964年、金春禅竹の秘伝書が発見されました。明宿集は相生は秦河勝が漂着して神となった地であると記しています。自分が育った時代に再発見されたこの一節をキーワードにして相生という町を再発見していく過程で書き著してきた数冊の書籍が、このホームページの主要なコンテンツになっています。

 コンテンツは四種類あり、上段のナビゲーション・バーからリンクしています。また、最下段のサブナビのサイトマップから細かいコンテンツにリンクしています。

相生矢野荘物語(あいおいやののしょうものがたり)新着情報

 

相生(あいおい)は、皇室の荘園であった矢野荘(やののしょう)の領域にある小都市です。

 この地は、かつて「八野」と呼ばれる原野が広がり、人々は浄原(じょうはら)に降臨された神々を崇拝していました。やがて、農耕が始まり、秦氏がこの地を開拓します。

 金春禅竹(こんぱるぜんちく)が著わした能の秘伝書「明宿集(めいしゅくしゅう)」は、秦氏の祖、秦河勝(はたのかわかつ)の相生湾漂着を次のように描きます。

  業ヲ子孫ニ譲リテ       ぎょうをしそんにゆずりて
  世ヲ背キ、空舟ニ乗リ     よをそむき、うつほぶねにのり
  西海ニ浮カビ給イシガ     さいかいにうかびたまいしが
  播磨ノ国南波尺師ノ浦ニ寄ル  はりまのくになはしゃくしのうらによる
  蜑人 舟ヲ上ゲテ見ルニ    あまひと、ふねをあげてみるに
  化シテ神トナリ給フ      けしてかみとなりたまう

  秦河勝が鷹取峠から矢を放つと、矢は八野を果てまで飛びました。このことから、八野は矢野と呼ばれるようになります。秦氏は、秦河勝を偲ぶため矢野の最高峰三濃山(みのうさん)に求福教寺(ぐふくきょうじ)を建立し、千手観音をお祀りしました。

 平安時代、秦氏は田畑の開発を進め、この地を皇室に寄進しました。1136年、鳥羽上皇(とばじょうこう)の寵姫美福門院(びふくもんいん)(近衛天皇の母)は「矢野荘(やののしょう)」を成立させます。「矢野荘」は現在の相生市と同じ領域を占める巨大な荘園で、その産物は皇室の財政を潤しました。

 鎌倉時代になると地頭として相模の国から海老名(えびな)氏が矢野荘にやってきます。海老名氏は「相模生まれ」から「おお」の地名に「相生」という文字をあてました。

 室町時代、矢野荘は皇室から東寺・南禅寺に寄進されました。矢野荘をめぐる領主・荘官・地頭・悪党・百姓らの争いの記録は、東寺百合文書(とうじひゃくごうもんじょ)として保存されており、矢野荘は日本史研究者の世界では「国宝級」とされる有名な荘園の一つになっています。

 江戸時代、矢野荘は幕府と赤穂藩に分割統治され、統治主体としての機能を喪失してしまいます。そして、明治に入り、幕藩体制の崩壊とともに、矢野荘には四つの村@相生村(おうむら) A那波村(なばむら) B若狭野村(わかさのむら) C矢野村(やのむら)が成立します。

 相生村の豪商、浜本家は、唐端清太郎(からはたせいたろう)を村長として招きます。唐端清太郎は、村長のかたわら県会議長を務め、発展する神戸を目の当たりにして「造船所を創れば人が集まり村は発展するだろう」と播磨船渠(ハリマドック)を設立、第一次世界大戦中の1915年、神戸の鈴木商店に造船所への投資を呼びかけました。鈴木商店は播磨造船所を日本有数の造船所に拡張し、相生(あいおい)の近代化をすすめました。

 播磨造船所の興隆とともに、矢野荘にある四つの町村(相生・那波・若狭野・矢野)は結びつきを強め、1954年に現在の相生市が成立します。三百年の時を超(こ)えて、矢野荘は相生市として再生したのです。

 1960年、播磨造船所は石川島重工と合併し、1962年に世界一の建造量を記録します。1970年代には、新幹線相生駅が開業し、相生は二つの県立高等学校を擁する小都市になりました。しかし、1980年代になると、造船業の衰退によって相生の活力は失われ、人口は4万人から3万人に減少してしまいました。

 それから、四半世紀がたち、矢野荘(相生)は新たな未来に向かって歩み始めます。

 千年前、秦一族は原野を開拓し、「矢野荘」を創造しました。
 百年前、唐端清太郎は海に着眼し、「播磨造船所」を創造しました。
 そして、21世紀を迎え、私たちは新たなコンセプトのもとに「相生矢野荘」をを創造します。

ふるさと相生再発見WEB版

  • ふるさと相生再発見」書籍版をWEB化しました。
  • 書籍版 相生いきいきネット発行  2012.09初版

    カラー写真・白黒写真を2頁に1枚の割合で入れた、読みやすいブックレットです。古代の条里制から、中世の矢野荘、近世の幕藩体制、近代化と播磨造船所、そして相生市の20世紀から21世紀へとコンパクトな通史になっています。相生とは、どのような歴史を持つ町なのだろうと思っている人に読んでもらいたいと思っています。

    A5版84頁(部分カラー) 500円 残部少数
    相生(オウ)のあいあい広場で販売しています。


ふるさと相生の二十世紀写真集

  • 「ふるさと相生の20世紀写真集」のダイジェスト版です。
  • 相生まちづくり塾
    ふるさと相生の二十世紀写真集発行委員会発行
    2008.10初版
  • 相生いきいきネットの前身、相生まちづくり塾の頃に初めて作った写真集です。明治末から昭和にかけて、播磨造船所とともに歩んだ相生の人々の想い出を写す写真300枚を時系列で収録しています。 表紙の船は、相生湾から南氷洋に向かう日本水産の捕鯨母船図南丸。  

    A4版160頁(部分カラー) 1800円 完売


相生ふるさと散歩

  • 「矢野ふるさと散歩」は、市内に四つある旧村ごとに地域の史蹟や歴史を記録するために作っている写真集の第一弾です。
  • 矢野町まちづくり推進委員会発行   2012.03初版

    旧矢野村は相生市の北部四分の一を占めています。 矢野には、秦河勝を祀る古代山岳仏教の聖地「求福教寺」赤松則祐が新田義貞を迎え撃った中世の山城「感状山城」近世田園開発の頂点を示す「三濃山村」「源十郎池」など日本の歩みが凝縮しています。 日本の原風景の残る矢野町をハイキングしてまわるためのガイドブックとなる写真集です。

    A4版90頁カラー 1500円 残部有り

播磨造船所進水記念絵葉書

  • 播磨造船所進水記念絵葉書写真集
    相生いきいきネット発行   2011.10初版
  • 1907年に播磨船渠株式会社が設立されてから1960年までに、播磨造船所が相生で建造した船の進水記念絵葉書を集めた写真集。造船所とともに近代化していく相生の町の写真を随所に挿入しています。 20冊限定作成。関係者に配布、国会図書館・県立図書館・市立図書館・神戸大学図書館に寄贈して、造船関係者に数冊だけ分譲したという幻の写真集です。

    A4版220頁カラー 2015年3月改訂版発行 
  • 予約期間は終了しました 申し込み要項はこちら   

  • 播磨造船所進水記念絵葉書写真集続編
    相生いきいきネット発行   2012.03初版
  • 1960年に播磨造船所と石川島重工が合併してから1974年までに、IHI相生で建造された160隻の進水記念絵葉書を集めた写真集です。年の変わり目に、相生の町の様子を写した写真を挿入しました。続編も、20冊限定で、関係者と各図書館に寄贈した後、造船関係者に数冊分譲しました。
    絵葉書を研究されている方から「類書はありません」と評価していただいた写真集です。

    A4版210頁カラー  2015年3月改訂版発行
  • 予約期間は終了しました 申し込み要項はこちら

ふるさと相生再発見ホームページの歩み新着情報

2002年
ホームページ「セピア色の港町」を開設。
2012年
フルモデルチェンジして「ふるさと相生再発見」と改称。
2013年
姉妹サイト「相生矢野荘友の会ホームページ」を増設。
2014年8月
マイナーチェンジ、CSSをバージョンアップ。
同時にブログ・フェイスブックを増設。

バナースペース

サイトの紹介     

*ふるさとあいおい再発見
古代から現代まで相生のコンパクトな通史をふり返り、21世紀を考えます

*ふるさと相生の二十世紀
播磨造船所とともに歩んだ二十世紀の相生を記録した写真を集めています

*相生ふるさと散歩
三濃山から相生港まで、デジカメ片手に故郷を歩きまわっています

*播磨造船所進水記念絵葉書
相生で建造された船の進水記念絵葉書のコレクション

*PDF&Download
印刷用のPDFを作りました

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姉妹サイト
*相生矢野荘友の会ホームページ
海のある農芸都市「矢野荘」の再興をめざします

相生矢野荘友の会FBページ
相生矢野荘友の会の活動をお知らせします

*AYTのユーチューブチャンネル

Matsumoto Keiji Profile

平日は神戸で仕事、週末は相生で趣味の生活をしています


 NPO 相生いきいきネット会員
 相生歴史研究会会長
 市立歴史民俗資料館講師

  mail : matunko@aioi.name

相生いきいきネット

相生いきいきネットは、相生でまちづくり活動をしているNPO法人です。いきいきネットの事業の一つに「相生映像アーカイブ」があり、私は古写真の整理係をしています。
写真集で使用している写真は、相生映像アーカイブが収集したものです。

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